サーフィンが小笠原に導いてくれたのよね!感謝、感謝!

私が22歳の時に小笠原に来た理由は「暖かいところでサーフィンがしたい!」だったのです。

マスコミの専門学校に行っていた時にサーフィンを始め、社会的悩みから解放され病みつきになりまして、、まー、出家状態と言うか、世捨て人状態と言うか、、、学校を卒業したんだけど就職せずに小笠原に来ちゃったんです。(親不幸ものですね、、)ハワイ、沖縄と候補はあったのですが(ハワイに行って頭壊れた)小笠原に、たまたま千葉のサーフィン仲間がバイトしながら滞在していて「暖かいよ~、波デカイよ~!」と誘われ来ちゃったのです。(来たのは冬でしたが当時は西高東低の気圧配置が毎週来て、デカイ波が何日も続いたものです。)

22才若い

おがさわら丸の荷役のバイトをしながら島のパイオニアの先輩にお世話になり、暇さえあればサーフィンをしていました🏄

初寝海岸の隣にある石浦海岸にも良く行ってましたね~!ボードを担いで行きは山を下り1時間弱くらい、帰りは山を登って1時間以上かかる道のりを毎日のように通ってましたね~、スゲ~ハ~ドです、若かったですね~!上の写真は当日の写真です。わっ、わ若い!

半年程お世話になっていたのですが、祖母の体調が悪くなり親戚一同から強制退去命令が下り、後ろ髪を引かれながらも内地に引き上げました。

その後、20代は何をやって良いかわからず色々挑戦しました、航空貨物、不動産営業、中古車販売、防水工等仕事を転々としました。先輩と立体駐車場の会社作ろうと四苦八苦していた頃もあったな~😓

内地で10年間いろいろな仕事をしていましたが、その間もサーフィンライフは続けていました。仕事は続かないがサーフィンは続けていたのよね~、、。社会的にはどーしょも無いけどね~、、、(いろいろな仕事の体験が後の島での生活に役立つ事にもなるわけですが、、、)

2015

33歳で内地の会社を止めて10年ぶりに小笠原に戻って来ます。あ~いろいろやって来たけどヤッパ島がサイコ~と改めて気づき再移住!

サーフィンのパイオニアの先輩が、世界で初めてのドルフィンオーシャンスイム他山のガイドやナイトツアーを始めていたのでそこでお世話になる事になりまして、結局そこで20年間お世話になりカヤック、山、ナイトツアー等を担当していました。

内地でいろいろな仕事をしてきましたが、海や山の自然好きの私にはサイコーの仕事で、今ガイドとして独立していますが、ありがたいな~と思います!

いろいろな仕事を内地で体験して来たからこそ小笠原でガイドが出来ている事が凄く有難いし、サーフィンをやり続けて来た肉体的スキルが今の生活に役立っています!

57歳になりますが、未だに波が立つとソワソワして来ます!歳は行っても中身はガキですな!

結局何が書きたかったンだ~、あっ、サーフィンがあったからこそ小笠原に導かれたのよね~、ありがたい、ありがたい!

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